ウクレレ、はじめます。(未来系)
…と言っても、私が趣味でジャカジャカ弾くようではなく、レッスンで音楽理論の説明をするために購入しました。
かつて私がはじめて楽典の「音程」の範囲について学習した時、当たり前のようによく分からないことを丸のまま飲み込んだ記憶があって(例えば、なんで1,4,5,8度は完全で、2,3,6,7度は長短なの?とか。そもそも音階ってどうやって発明されたの?とか。)、疑問に思っても何となく聞くことができぬまま今になってしまいました。もしかすると生徒さんにもそれを伝統芸のように受け継げばいいのかもしれないのですが、自分が納得してないことを押し付けるのはなんだかなぁ、とも思い、どうにかならないかと悩んでいたところに自分の中から出てきた案(仮)です。
音程とは、「二つの音の間における高さの隔たり」と定義されていますが、私はレッスンでは常々「音と音の間の距離」と呼んでいます。というのも、(私のレッスンを受けてくださってる生徒さんは度々耳にしているかもしれませんが)私が何かしら歌っている時は、今いる音から次に行く音に向けていちいち物差しのようなもので幅を測っているような感覚だからです。二つの音を"点"だとするなら、音程はその点を繋ぐための"線"のようなもの。しかし、この"感覚"を共有することは、言葉だけだと本当に難しい。音は目に見えないし、結局高さ(到達点)ばかりに目がいってしまうから。
でも、もしかして、ウクレレを使うと「隔たり」だとか「距離」を目視できるのではないか?という仮説を閃きました。音を見るなんてことは当然できませんが(波形だって、結局機械を通さないと目に見えませんし。)、「距離」を共有することは違った形からのアプローチでできるかもしれない…?
そんな閃きも、昔ミクロロゴスを何となく本屋さんで購入したところ、それが大変興味深く面白い内容で強く頭に残っているからで、こんな風にある時得た知識が突然何かと繋がるようなことがあると、やっぱり勉強って面白いなぁと思います。音楽理論に限らないことかと思いますが、何かを多角的に学ぶということは"種蒔き"のようなものなのかもしれません。それがいつ芽吹いて、自分がもつ「創作・演奏」の畑でどのような花が咲いて、どのような実がつくかは分かりませんが、種がないことには花が咲くこともないな、と。そして、それが単なる種蒔きだけで終わらないように──学んだ理論が墓場に並べられて終わってしまうだけのものにならないように──発芽できるだけの"環境"を作る手助けをするのが教師の仕事なのかな、とも。それに、一回発芽したら多分枯れないし。その後の育て方次第では小さすぎて目立たないものもあるかもしれないけど、花の育て方は人それぞれ、それでいいと思うんです。
もう少し実験して、しっかり理論が実証できることを確認してからウクレレを使っていこうと思います。今のところ、感触はいい感じ。ウクレレの温かい響きに癒されながら、ウクレレの構造を観察していると、新たな気づきもあったりして楽しいです。
ギターは楽器自体も大きいし弦も太くて、弾くと指が痛くなることもありますが、ウクレレは優しく弾くだけで温かい音が簡単に出てくれるので、大人の方はもちろん小さい子にもたくさん触って欲しいなと思っています。
愛されるウクレレになるといいなぁ。使命を背負いしウクレレ、頑張ってオクレレ。
…。
p.s.
昨年はたくさんのご縁をいただき、本当にありがとうございました。環境も変わり、まっさらなところからのスタート、私の中では激動でしたが、学校でたくさんの経験を積みながら、傍ら指導の仕事も変わらず続けさせていただけて、日々、勉強になっています。
昨年は、何度も記事を書こうと思っては下書きで仕舞い込み、そのままになってしまった記事がたくさんあるので、今年はまめに公開していきたいなと思っています。
今年もたくさんのご縁に恵まれますように!本年もどうぞよろしくお願いいたします。
ひとまず、今月中に3月にある修了作品展の予告と、春期実習展の予告をしようと思います。(映画)
▶︎▶︎coming soon